第七十代後冷泉天皇の天喜4年(西紀1056年)、陸奥守鎮府将軍源頼義公が阿倍頼時を征し、地方人民を治めるため衣食住の守護神である諏訪の大神を勧請し、創建した社である。





その後第103代後土御門天皇の文明年間に粟野助五郎大膳、亮忠重の子、右京之助、遠江国定祀堂を改造す。
第106代正親町天皇の永禄年間、北目城主粟野多門国重祀堂を再造す。
其の後、青葉城主伊達家より生産業(五穀豊饒)の御神徳あらたかな守護神として尊崇された。
大正11年(1922年)、古来の境内地(諏訪町)は長町操車場に指定せられ大正13年(1924年)現在地に移築遷座す。
移築遷座した社殿も氏子、崇敬者の”幸”と”地域の発展”の為御神威を現し常に篤信仰で奉られて参ったが、社殿の雨漏れ、土台の沈下、老朽化が進み、平成16年12月、社殿移築す。
| 建御名方神(たけみなかたのかみ) |
合祀祭神
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人々の暮らしの根幹である衣食住の守護神として古くから敬仰され、水源の神、風の神として五穀豊穣を見守るほか、武神として勝負運・武運長久の御神徳でも知られています。
また、交通安全、開運長寿の神としても篤く信仰され、氏子・崇敬者の心の〝よりどころ〟として、日々多くの方々が参拝に訪れます。


参道をまっすぐ進むと正面に御社殿が有り、御社殿の右側にはたくさんの石神様が祀られております。
こちらは、現在の宮城県遠田郡美里町に鎮座し、”生命を司る神”子授けの神様で親しまれている「小牛田山の神」とその娘神様である「木華開耶姫命」が並んで祀られております。
なかなかお子さんに恵まれなかったご夫婦が昭和57年頃に参拝にいらして手を合わせて神様に子供が授かる事をお願いした所、その後子宝に恵まれそのお礼として屋根付きの被いを奉納して頂いた事もございます。
お子様を授かりたい方は、お越しの際ぜひ足をお運び頂ければと思います。

今から約1000年前(天喜4年)に、みんなの幸せを願い、衣食住の守り神である「すわ」という神様をまつるため、諏方神社ができました。
これまで3回ほど建て直しや改築をしました。
すわ神社の神様は、みんなの生活に欠かせない衣食住(いしょくじゅう)を守っていたり、水と風の神様として農業(のうぎょう)を見守っていたり、交通事故がおきないように見守ってくれています。
鳥居(とりい)は、わたしたち人間の世界と、神様の世界を分けるものです。
神社が大切な場所であることをあらわす、注連縄(しめなわ)がはられていることもあります。
鳥居をくぐるときは、「おじゃまします」という気持ちをこめて、おじぎをすると良いでしょう。
灯籠(とうろう)は、ローソクなどに火をともして、神社を明るくてらすものです。
その明かりには、悪いものを遠ざけ、神様からのごりやくをいただくという意味がこめられています。
神社では、昔から大切にされてきたもののひとつです。
狛犬(こまいぬ)は、神社を守るためにおかれているものです。
悪いものが神様に近づかないようにする「まよけ」の意味がこめられています。
神社では二体が向かい合うようにおかれていることが多く、神様のいる大切な場所を見守っています。

